ご挨拶、吉田みずきです。【兵庫 西宮北口】

はじめまして。吉田みずきです。

大分県佐伯市出身。

美容師をしています。

犬と、楽器と、読書が好きです。

こうやって自分のことを文章にする機会は

意外と初めてのことでして、せっかくなので、美容師としての経歴だけではなく、

「どんな人間なのか」というところから書いてみようと思います。

僕が生まれ育ったのは、大分県佐伯市。

海と山に囲まれた、自然の多い町です。

とても綺麗な一級河川「番匠川」が流れる

大分県佐伯市が舞台です。

母子家庭で育ったこともあって、
幼い頃は学校が終わると学童保育で過ごすことが多かったように思います。

そこで何をしていたのか。

今振り返ると、意外なくらい覚えているのが、

手芸、裁縫、ビーズ作り。あとシルバニア。

男の子らしいとか女の子らしいとか、
当時はそんなことを考えることもなく、
ただ「自分の手で何かを作る」ということが好きでした。

糸を通して、
色を選んで、
少しずつ形になっていく。

完成したものを見るのも嬉しかったけれど、
たぶん僕は、作っている時間そのものが好きだったんだと思います。

今の仕事が美容師であることを考えると、
この頃から「手を動かして何かをつくる」ということが
自分の根っこにあったのかもしれません。

小学校、中学校では野球少年でした。

学校が終われば野球をして、
家に帰れば犬がいる。

家には、真っ黒なラブラドールがいました。

名前はベック。

よく一緒に河川敷へ行って、
ただひたすら走っていました。

どこまで行くとか、
何分走るとか、
そんな目的があったわけでもありません。

犬が走るから僕も走る。

僕が走るから犬も走る。

何処までもつづく河川敷を、

ラブラドールと一緒に走っていた時間は、
今でも不思議なくらい鮮明に覚えています。

少しやさぐれてもおかしくない家庭環境でしたが、あの時間のおかげで根ぐされしませんでした笑

だからなのか、
大人になった今でも犬が好きです。

そして、何かに夢中になっている時間が好きです。

美容師になった理由

そんな僕が美容師になったきっかけは、
決して華やかなものではありませんでした。

母が体調を崩したことでした。

3つ下の弟には知的障害があり、
「誰かが働かなければいけない」

そう思いました。

まだ大人にもなりきれていない年齢で、
これからどうやって生きていけばいいのか。

自分なりに懸命に考えて、
考えて、
辿り着いた仕事が美容師でした。

美容が大好きで、
子どもの頃から美容師になることを夢見ていた。

そんな格好いい始まりではありません。

生きていくために選んだ仕事でした。

そして、自分の不器用さを知りました

美容師になってからは、
自分の不器用さを痛感する毎日が始まりました。

見ているだけなら簡単そうなことが、
自分の手では思うようにできない。

昨日できなかったことが、
今日もできない。

明日もできないだろう。

先輩にもお前ほど遅い奴は初めて見ると…涙

それでも練習して、
また失敗して、
もう一度やってみる。

僕にとって美容師という仕事は、
最初から「得意なこと」だったわけではありません。

むしろ、自分ができないことを
一つひとつ思い知らされるところから始まった仕事でした。

だからこそ、
技術にはずっと向き合ってきました。

髪を綺麗にする技術は、魔法に見えた

そんな僕が「髪質改善」という考え方に強く惹かれたのは、
ストレートの師匠との出会いが大きかったと思います。

もちろん、カットの腕も磨き続けてきました。

けれど美容師としてお客様と向き合う中で、

ハサミだけでは拭えない悩みや、
晴れない表情を、たくさん見てきました。

広がる。

うねる。

傷んで見える。

艶が出ない。

毎朝、髪を見るのが嫌になる。

そんな悩みを抱えた髪が、
薬剤の知識と技術によって、
目の前で変わっていく。

その光景は、僕には魔法のように見えました。

「髪を切って形をつくる」こととはまた違う、

髪そのものを綺麗にする技術。

当時の僕には、
それがハサミよりも眩しく輝いて見えました。

そして僕は、薬剤や毛髪のことをどんどん勉強するようになりました。最後は書かれている成分の全て、その品質、工場。一旦価格の差は何処から。そして自分で処方箋を組むまでに。

美容師免許と言うのは髪を切る権利です。

つまり自動車免許に置き換えると、運転する権利です。

長年続けていく事で運転技術は上がるでしょう。ところでどのくらい、車に詳しくなりましたか?ご自身で分解、整備、塗装、又はそのケミカル剤を使い分ける事が適正に出来るでしょうか?

実は美容師を長年していても、最低限の知識でも仕事として充分に成り立ってしまうという問題があります。それは皆さんが、今乗られている車のタイヤのスペックを知らなくても乗れている様なものです。

僕達、専門家を名乗る人達はそこから理解しています。なので根本的に美容師というにはあまりにも脱線してしまった人達とも言えるかも知れません。

「髪質改善」という言葉への違和感

あれから時代は変わり、
今では街中に「髪質改善」という言葉が溢れています。

けれど僕は時々、
そこに少し寂しさを感じます。

なぜなら、
髪質改善は本来、メニューの名前ではないと思っているからです。矛盾している事は分かっています。

メーカーからは、

「これを使えば髪質改善になります」

「これを導入すればお客様を呼べます」

そんな言葉まで聞くようになりました。

でも、人の髪はそんなに単純ではありません。

髪の太さも違えば、
クセも違う。

ダメージの履歴も、
カラーの履歴も、
年齢も、
生活も違う。

同じ人でさえ、
10年前の髪と今の髪は違います。

本来、その人ごとに考えられるべき
パーソナルなメニューや考え方が薄れてしまい、

「髪質改善」という言葉だけが、
一人歩きしてしまったように感じています。

髪だけではなく、その人の人生を見る美容師へ

僕自身の興味も、
今では髪だけに留まらなくなりました。

年齢を重ねれば、
髪も変わります。

頭皮も変わります。

肌も変わります。

そして、ホルモンバランスや栄養状態など、
身体の変化も少しずつ表面に現れてきます。

だから現在は、
再生医療・エクソソーム研究の分野や
分子栄養学などの知見も学びながら、

交流のある医師や大学の先生方から教えていただく
新しい研究にも触れるようにしています。

美容師が医療をすることはできません。

でも、

髪と頭皮を長く見続けることができる。

これは美容師だからこそできることだと思っています。

20代には20代の髪があり

30代には30代の変化があり

40代、50代、60代と


その時々に新しい悩みが出てきます。

僕自身も歳を重ねます。

だからこそ、

「若く見せるためだけの美容」ではなく、

その人が、その人らしく歳を重ねていくための美容。

そんなものを一緒につくっていける美容師でありたいと思っています。

まだ、やりたいことが沢山あります

振り返ってみると、

学童保育でビーズを作っていた少年が、

野球をして、

真っ黒なラブラドールと河川敷を走って、

家族のことを考えて美容師になり、

自分の不器用さに何度も落ち込み、

それでも技術を追いかけて、

気がつけば髪だけではなく、

大切な家族と同じ様に

大切なお客様が丁寧に

健康に歳を重ねるということまで

考えるようになりました。僕はしつこくお節介です。色々とほっとけないです。過保護なんです。それは、母からもらった愛情かもしれません。

これからやりたいことが沢山あります。

美容師として叶えたいことも、

一人の人間として叶えたい夢もあります。

一つずつ、
焦らず叶えていこうと思っています。

そしてできれば、

その姿をこれからも

見守っていただけたら嬉しいです。

お客様と一緒に歳を重ねながら、
僕自身も成長していきたいと思っています。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

吉田みずき